東京地方裁判所 昭和49年(むのイ)257号 決定 1974年4月25日
被疑者 前田徹
主文
原裁判中、昭和四九年五月二日以降について勾留を延長した部分を取消す。
本件申立中その余の部分(同月一日までの延長部分に対する取消申立)については、これを棄却する。
理由
一件記録ならびに当裁判所の事実調の結果によると、つぎの事実が認められる。すなわち、被疑者は、昭和四九年二月一五日別件住居侵入未遂、公務執行妨害、傷害各被疑事件につき、また同年三月八日別件窃盗被疑事件につき、それぞれ逮捕勾留され、(以下、右両事件を別件という。)いずれも身柄拘束中のまま公訴の提起を受けたものであるが、右各起訴後の勾留期間中において、多数の窃盗余罪が発覚し、右余罪の取調べを受けるうち、本件住居侵入、窃盗未遂、現住建造物放火被疑事件(同年一月二六日午後〇時三〇分ころ、東京都世田谷区代田六丁目三三番一三号青木荘二階一号室須藤由美子方居室へ窃盗の目的で侵入し、同所において金員を窃取しようとして果さず、同居室に放火したというもの。以下、本件という。)についての嫌疑をも受けるに至つた。本件の捜査を担当する警視庁北沢警察署においては、前記別件による起訴後の勾留期間中である同年四月六日から、被疑者につき、本件についての取調べを行なつたところ、被疑者は、同月七日に至り、本件犯行を自供するに至り、同日および同月八日には、相当詳細な自白調書が作成されている。(なお、当裁判所の事実調によると、右三日間の被疑者の取調状況は、同月六日は、午前一一時から午後四時五〇分まで、および午後六時四〇分から九時まで、同月七日は、午前一〇時から午後七時五分まで、同月八日は、午前九時四〇分から一〇時五〇分まで、および午後一時から五時五五分までであつたと認められる。)また、右八日の午前中においては、現場への引当り捜査がなされているが、同月九日以降は、被疑者が再び犯行を否認するに至つたため、主として被疑者の前記自白の裏付捜査および本件と同種手口の他の窃盗、放火等の事実についての捜査等に費やされた。被疑者は、同月一三日、本件について逮捕され、同月一五日、東京地方裁判所裁判官により勾留され、さらに、同月二四日、右勾留期間は、同地方裁判所裁判官により、「参考人取調未了、工具痕についての鑑定未了」を理由として、同年五月四日まで延長された。以上の事実が認められる。
ところで、被疑者の勾留は、最大限二〇日を越えては許されないとされているが(刑訴法二〇八条。ただし、同条の二の例外のあることは別論である。)、右期間は、たんに被疑者に対し勾留請求がなされた日以後の日数を形式的に計算するのでは足りず、右勾留請求の日以前における別件の勾留が、本件についての強制捜査に実質上利用されたと認められる状況があるときは、右期間は実質上被疑者を本件について勾留したのと同視することができるから、これを本件の勾留期間から差引いて考えるのが相当である。これを本件についてみると、被疑者が別件で勾留中の四月六日から三日間、本件についての取調べを受けたことは、前認定のとおりであつて、その取調時間は、いずれも、相当長時間にわたつているのであるから、捜査官は、少なくとも、右三日間については別件の勾留を本件の強制捜査に利用したものと認めるのが相当であり、そうだとすると、被疑者に対する本件の勾留は、最大限度二〇日から右の三日間を差引いた一七日間を越えては許されないというべきである。一件記録によると、本件については、被疑者の勾留を延長すべきやむをえない事由は認められるが、右に述べた理由により、その勾留は、勾留請求の日から一七日間を経過した同年五月一日を越えては許されないことになる。
そうとすると、原裁判中、同年五月二日以降について勾留期間を延長した部分は、失当としてこれを取消すべきであり、本件申立は右の限度で理由があるが、その余の部分(同月一日までの延長部分の取消を求める部分)については、その理由がない。
(参考)
準抗告申立
申立の趣旨
東京地方裁判所裁判官安広文夫が昭和四九年四月二四日被疑者前田徹に関してなした勾留延長許可決定はこれを取消す
との決定を求める。
申立の理由
一 申立人は、被疑者前田徹(現住建造物放火等の嫌疑により昭和四九年四月一五日勾留決定、現在警視庁北沢警察署に在監中)の弁護人である。
二 東京地方裁判所裁判官安広文夫は、昭和四九年四月二四日右被疑者に関して一〇日間の勾留延長を許可する旨を決定した。
三 しかしながら、右被疑者は本年二月一五日頃住居侵入未遂等により現行犯逮捕され、右被疑事実により勾留され、その勾留期間中に発覚した別件窃盗余罪三件とともに本年三月八日起訴され(御庁昭和四九年刑わ八六六号御庁刑事第二一部二係係属)、その際右窃盗三件についても勾留状を発付され、なおその他の窃盗余罪一〇〇件以上の嫌疑で引続き取調べを受けてきたところ、警視庁捜査一課並びに北沢警察署は右被疑者を最近東京都内で発生した連続窃盗放火事件の犯人と目星をつけ、前記起訴後の勾留を利用して被疑者に対する強制捜査を実施するに至つた。このような捜査の推移は間もなく一部の報道陣の察知するところとなり、本年四月三日付毎日新聞朝刊(疎弁第一号証)により先走りの誤報ながらも右被疑者の放火容疑がすつぱ抜かれるという事態が生じた。これにあわてた警視庁捜査一課と北沢警察署は急拠被疑者取調を強化し、少なくとも右四月三日以降同月一三日までの間専ら右放火事件のために被疑者取調を行い、前記起訴後の勾留を右放火事件の捜査のためにのみ利用した。
四 したがつて、捜査官憲としては右放火事件の捜査のための時間的余裕は既に十分過ぎるほど存したのであつて、この期に及んで更に右現住建造物放火等の被疑事実に関する勾留を延長するべきやむを得ない事由はむしろ積極的に存在しないと断言できる。
五 よつて本件勾留延長許可決定の取消しを求めて本件準抗告に及んだ次第である。